派手に見えぬものこそ
ある方からたいへんに貴重な書籍を
段ボール箱5箱分、数十冊も寄贈頂いた。
すべての箱を開けて今すこしずつ読み始めている。
陰謀論の元祖と思っていた近年に名の知れた者が
みなある意味、亜種というかパクリ連中であることが
すでにわかってきた。
当院の常連さんが言った。
「ホンモノはオモテには出ないよ。
オモテに出てくるのはホンモノを装ったニセモノだけ。
だから先生がオモテに出られないのは
至極当然のこと(笑)」
どんな世界にもホンモノがおりコツコツと自分の世界を
地味に地道に築き上げている。
だがいつの時代もそのホンモノの血のにじむような功績を
平気で横からかっさらい、さもホンモノ面したニセモノが
世間に上手に取り入ってメジャーになるというのが
この世の実相のようだ。
東洋医学は中国発祥というのがごくごく当たり前の
認識だが、どうもそれもいささか短絡的な思いこみのようだ。
中国文化が華開いた時、すでに東方の島国に
高度な精神文明が発達していたのだ!
その東海の島国の情報が中国へと移入され
中国文化の土台となる易の思想が出来た?
そうすべての原点はこの日本にあるかもしれないという
モロモロが寄贈頂いた膨大な書籍の一端に垣間見えてきた。
もしも鍼灸指圧が縄文晩期の日本にすでにあり、
それが中国へ伝わったのなら、
西暦450年頃に韓国を経由して日本に輸入された
中国式の鍼灸は先祖返り、逆輸入ということになる。
鍼灸指圧は日本発祥。
こんな宣言はある意味、東洋医学界を根底から揺さぶる
ショッキングな言辞だが、
わたしは十分にあり得ると腹の中で思っている。
これからその腹の思いが確信になるまで
寄贈書籍を吟味する。
さて本題。
指圧というのは端から見ていると
たいして力も入れていないように見えるし、
(※ 実際はもちろん力を入れている)
いったい何をやっているのか
ぜんぜんわからない。
ただ手を当てて時々押したり揉んだりして、
ウンでもスンでもなく、ひたすら押すのみ。
だから例えばドラマや漫画や映画などの
見た目重視の動画的なビジュアルには
もっとも不向きで、だからこれまでに
指圧師がヒーローに描かれたコンテンツなど
恐らくは一切無いし、今後も指圧や指圧師が
そうしたエンターテイメントや大手メディアで
取り上げられることは無いだろう。
ディズニー映画の七色光線が飛び交う魔法のシーンを
見慣れた皆さんには無色透明、
無味無臭の無彩色モノトーンの指圧の風景は
あまりに殺風景でつまらないシロモノにしか写らない。
だがじつはその禅寺の苔むした石庭のような指圧の
風景の指先では七色の火花が飛び散り、
激しく脈動し波打つ得体の知れないあるものが
怒濤の如くに湧き上がっている。
一見するとまったく動的に見えないその裏に
とてつもないドラマティックな世界が躍動している。
それが指圧の風景、指圧道の真髄なのだ。
そしてこれがホンモノたる由縁であり、
だからこそ陳腐なイメージに洗脳された皆さんに
指圧の素晴らしさが見えない理由でもある。
茶道、華道、書道、香道、剣道、柔道・・
この日本には道と名の付く芸道は多いが
そのなかに指圧道はまだ無い。
指圧道がまだ無いどころか、
そんな言葉がメジャーでないのは、
これから指圧道が日本の芸道に格上げされるからだ。
そう俺の努力でね。
指圧が大正時代に産声をあげて、
昭和になって浪越徳治郎先生と増永静人先生により
メジャー化した。
だが平成になりここ20年ほどで急速に
指圧は求心力を失い衰退してしまった。
だがここからが勝負。
指圧は再浮上し、いや指圧道は龍が天に飛ぶ如く
いまここからブレイクするのだ!
指圧という手技はとことん地味。
ただ押すことを繰り返すだけ。
一見すると誰でも出来そうなじつに単純な作業。
だが私はその指下で世界の誰もできないことを
まいにち、まいかい、しつづけている。
そのことがわかるのは私の指圧を受けた者のみ。
わたしの指圧道は術者である私と
受け手である患者の二者が作り出す世界。
術患二者が指先のあるもので接合されるとき、
指圧道の悟りへと至る。
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